第２章 『ドレイク』１
風は凪いでいた。マストに張られた帆はその雄姿を微動だにせず頭を 垂れていた。空はどこまでも蒼く雲のかけらすら見えず、照りつける日 差しは無情にもその船上の戦士らに飢えと渇きを強い、なおも潤いをも たらそうとはしなかった。 先の戦闘で破損した羅針盤は無情に虚空の方角を指し、大口を空けた 動力炉の前に虚しく山積みされた燃料が黒光りしている。 無駄に燃料を費やす訳にもいかず、天測と風だけでこの１週間航海を 続けては来たが、この広いサウリ海のド真ん中から天測だけで本拠地の ある小島を目指すのは砂漠で一本の針を探すに等しい。 船は南に向けて舵を取ったが、昨日から風も凪ぎ今はただ海流に任せ て南下をつづけていた。 やがて太陽もその重みに耐えかねてつぶれかけたその姿を水平線に沈 めようとしていたが、その時マストの上で見張りが叫んだ。 「煙だっ！ 太陽の左 １時の方向！！」 叫び声がとどく前からずっと船首でそれを眺めていた男がいた。 歳の頃は３０前であろうか、皮の厚いマントを纏い胸の前で大きく組 まれた腕は潮で焼け無数の傷が戦いの象徴のように刻まれている。 水平線の彼方に見据えられた眼は左が赤く右目が青い。キッと結ばれ た口元から左の頬に向かう傷跡がその男のすごみを更に増していた。 男はにやりと不敵に笑みを浮かべ口を開き、１０Kerm四方に届くほど の号令をとばした。 「面舵１０度 全速前進っ！！ ヨゥソロォォっ！！」 アイアイサァーー！！ 背後から声が上がる。突然船上は静寂から目覚め、動力炉が動き始め た振動があたかも船の鼓動のように高鳴り始める。 「機関出力４０％ ４２，４５，５０・・・」機関士の声が響く。それ を追うように航海士が読み上げる。「方位１７０固定。速度７Terf、８ ９，１０・・・船首上昇っ！」（１terfは約４．５ノット） 声と同時に船首が上昇し、すさまじい水切り音と共に銀色の船は空に 舞い上がるかのような態勢でその水中翼を露に速力を増した。 船はまるで海を切り裂くように航跡を刻みながら前進する。 やがて、その煙の主が目視できた。どうやら商船が海賊に襲われている ようだ。 男は部下を呼んだ。「パイクっ！」 どうやら側近らしい痩せた男が 駆け寄ってきた。「どうやら先客のようだな。」怪訝そうに命令した。 「速度８Terf 船籍を確認させろ。」 「アイサーキャプテン」 パイクは物見に伝令を飛ばした。 マストの上から答が返ってきた。「やられてる船ぁオブラダのクリッパー でさぁ・・・」男にも肉眼でクリッパーと判る距離まで近づいていた。 「賊は何処のどいつだっ！？」キャプテンはマストの上に眼を向けた。 「あんな旗ぁ見た事ありやせんぜおかしら。白地に赤い蛇が絡み合った ような不気味な旗でさぁ」 既に肉眼でも見えるところまで近づいてきたその時パイクがキャプテン に耳打ちした。「あれは 邪教の印ですぜ」キャプテンはパイクの言葉 に振り向いた。「邪教？！」 「へい、近ごろ流行だしたハイエマル教団の紋章ですぜ、しかしありゃ 略奪の手はずじゃありやせんぜ・・・」パイクはハイエマルの戦闘艦 に眼をくばせた。 「ふン 奴らお宝を沈める気のようだな・・・」キャプテンは再び前方に 向きなおり令を飛ばした。 「総員 第１級戦闘配備！ 目標前方の戦闘艦 砲手っ２，３発ブチ込 んでやれっ！！」マントの背に隠れた剣を抜き大きく空に降り上げた。 「旗を上げろ ジョリーロジャーだ！！」 ２門の船首砲門が轟音をあげた。間もなくハイエマル戦艦の中央と船 尾から爆炎が上がりメインマストが崩れ落ちた。 「へへっ あっしらのシマを荒らすたぁいい度胸だ！ドレイク一家の恐 ろしさを思い知らせてやりやすぜ。」パイクはいそいそと獲物の用意 にかかった。ドレイクは再び大きく腕を組み参謀を呼んだ。 「ルフォーイ ！」 小太りでチビな眼鏡の男がデッキを登ってきた。 「おかしいですねぇ・・・ 仕掛けたのに応戦の気配がない・・」 ルフォイは怪訝そうな表情でドレイクの後ろから話しかけながら近付い てきた。ドレイクは敵を見据えたまま応えた。 「そう思うか？」 「ありゃぁ 相当の手練か大バカ物のどちらかですね、逃げる気配もな いし・・・かと言ってあわてるでもない。引きつけといて応戦するつ もりかもしれませんね。・・・いやどちらかと言うとこちらに一切 関心がないようにも見えますが・・・」 ドレイクはルフォイの言葉をそこで止めた。 「どうやらそれが当たりのようだなルフォイ。 見てみたいものだな・・・それほど重要な何かを・・・」 「では、割って入りますかキャプテン？」 ドレイクはニヤリと笑った。そしてデッキの方に向きなおり命令した。 「総員白兵戦に備えろっ！ ダッチ 舵を２１０に取れ 微速前進！！ 間に割ってはいるぞっ！ 右舷砲手 アンカーフック射出準備！！」 ドレイクの一喝でデッキの上はあたかも熊の襲撃に備えるスズメ蜂の 巣が振るえながら羽音を起てるように意気が上がった。 やがて船首がクリッパーに当たる鈍い衝撃と共に拿捕されたクリッパー と邪教団の戦闘艦の間へと侵入した。そこここで戦闘艦から延びるアン カーロープの切れる音が響く。 「砲手 網（アンカーフック）を撃て！ 乗り込むぞっ！」 声が早いか、パイクが先陣を切った。それに続き怒涛の如く海賊が戦艦 になだれ込む。結果は火を見るよりも明かであった。 一騎当千の猛者共がクルーザークラスの戦闘艦とは言えさほど場数を こなしていない兵士を制圧するには１５分あれば事足りる。わざわざ ドレイクその人が出張るまでの事はなかった。 「お頭っ ここにゃこの船の艦長はいやせんぜっ！」戦闘艦のデッキか らパイクが叫んでいる。どうやら戦闘艦の制圧は終わったようだ。 ドレイクはクリッパーに目をやった。 「では お宝と艦長のツラを拝むとするか 行くぞルフォイ！」 ドレイクはルフォイと手下を２人連れてクリッパーに乗り込んだ。 既にクリッパーは戦闘艦の攻撃でかなりの手傷を負ってあちこちで火 の手が上がっている。だが沈むにはまだかなりの時間がありそうだ。 ドレイクの一行がキャビンに差し掛かったときにドアが開いた。 そこから白いセーラースーツのいかつい男と黒いローブを身に纏った 導師らしい男そしてそれに引きずられるように色白な傷だらけの若者が 出てきた。どうやらセーラースーツの男は戦闘艦の艦長らしい。その男 がこちらを向き口を切った。 「さすがだな、海賊ドレイク。我が兵士では時間稼ぎにはならなんだか・・ 我が任務はこの男を亡き物にする事しばし待たれよ、事が済み次第潔く 勝負いたす。」 「どうやらそいつがお宝のようだな」ドレイクの声にローブの男がピク リと動いた。 「図星だな、ならばその男殺させる訳にはいかんな。」言い終わるが早 いか敵艦長が腰から銃を抜いた！ ズドーーーーーーン クリッパー全体が振るえるような大口径の銃声が響きわたった。 ドレイクの背後から硝煙が立ち登っている。 ・・と、敵艦長の右腕が肩から吹き飛び、艦長はデッキに崩れ落ちた。 ドレイクの後ろでルフォイが得意の４８口径マグナムを抜いたのだ。 「くっ・・マッハ（音速）ルフォイ・・・その名は伊達じゃ無かった ようだ・・・。」艦長はそのままいき絶えた。 「ふんっ ルクサー（光速）と呼んでほしいものだね。」 ルフォイは得意げに親指で鼻先をピンとはねた。 「サムル タークン！」横にいる導師が叫んだ。・・とまもなく闇が あたりを包み込み一寸先も見えなくなった。 「我が名はエルニル ハイエマルの大いなる導師。こ奴の始末を邪魔だて するは許し置かぬ。 ライオーニ エルム ソム ファシラーデ・・・・・」 その時 一条の光があたかも雷神の閃光の如く闇を切り裂いた。 その閃光の中央にドレイクが目も醒めんばかりに輝く一振りの剣を真っ向 に構え立っていた。 「なにっ？ 我が闇を切ったか・・・」 間髪を入れず呪文を詠唱した。 「ソム ファシラーデ ディム クロイデン ！！」 「やっ やばいっ その呪文は ！！！」 捕らわれていた男が叫びなが らデッキを転がりその呪文から逃れた。 エルニルの両腕から黒い稲妻が放射状にドレイクをめがけて突き刺さる ように襲いかかる。ドレイクは剣を天に振りかざし大きくデッキめがけて 振り下ろした。 一瞬の衝撃波が走り、剣は前方のデッキもろとも黒い稲妻を切り裂き、 一層の輝きを増してデッキの板を刻んだ。その返す手でデッキを切り裂き ながらエルニルに向かって突進し、哀れな導師の足元から天空めがけて ドレイクは一文字に振り上げた。 「きっ・・キサマその剣は・・・」 エルニルは死に際に握りしめていた紙切れを空に投げ上げ、その白い 紙は姿を鳥に変え、東の空へと飛び去った。 「へっ これでまた追手が増えるわけだ・・・」ドレイクはうざったそう にそう吐き捨て剣を納めながら捕らわれていた男を見た。 「はっ はははは すげーや・・・これが海賊ドレイクって訳だ・・」 男は助けられた相手に恐怖し腰が抜けガタガタと振るえている。 「さて 説明してもらおうか・・・」 ドレイクはそう言ってデッキにどっかりと腰を下ろした。
