第一章 『タリス』 ５
一行はテーブルに付き、サウミのふるまいをありがたく受け入れる 事にした。 サウミは池で釣れた魚を干した物を火であぶり、裏の畑で収穫した 野菜と鳥肉のスープを運んできた。 スティン 「これはこれは 真にかたじけない サウミ殿」 サウミ 「グラン一の剣士殿にこれしきの振る舞いしかできぬ事お許し下され。」 サウミは恐縮そうにスティンに一礼して水場に酒を取りに戻った。 スティン 「サウミ殿 もう十分ですぞ」 サウミ 「いや、この酒は是非ともバレイア殿に・・・わしが作った中でも とっておきの上物ですから・・」 水場の奥からサウミの声が帰ってきた。 「おおっ これじゃこれじゃ・・・ わしが２５の時に仕込んだ物でのぉ あの年はたぐい希な甘い葡萄が たくさん取れましたからな。 かれこれもう４０年は経つでな・・・」 サウミは大事そうにやや大きめの陶器の瓶を抱えて水場から戻ってきた。 スティン 「これはこれは またたいそうな物をよろしいのですかな？」 サウミ 「お気に召されるかどうか・・・」 そう言いながら、瓶の封を切りピューターのカップに注ぎ始めた。 瓶の口を切る柔らかな音と共にまろやかで豊潤な香りが辺りを 包み始めた。 そして 皆に行き渡るとサウミは乾杯の声を上げた。 サウミ 「偉大なる剣士との再会を祝して！」 スティン 「再会？」 サウミ 「そうですじゃ、わしが４５の時にグランの闘技場にて一度。」 スティン 「左様か、申し訳ないが記憶にはとどめておらなかった。」 サウミ 「仕方有りますまい、闘技場には大勢の人がおりましたからのぉ」 皆は大きく手を降り上げて乾杯した。 スティン 「うむ これはすばらしい。 ブローニュ産（フロラシア最高の葡萄産地）のブランデーにも引けを 取らぬ甘美な酒だ。」 サウミ 「お誉めいただけるとは至極光栄。 しかも偉大な剣士殿とこうして杯を交わせるとは、 長く生きては見る物ですのぉ。」 タリス 「ほおおぉ 親父、スティンはそんなにすごい剣士だったんだ。」 タリスはスティンの顔を歓心顔で眺めながら言った。 タクラム 「そりゃもう グランのバレイアと言えばフロラシアの剣士で知らない 人はいないほどの剣豪だぜ。」 サウミ 「燈台元暗しと申しますからな、タリス殿もなかなか良い剣をお持ちの 様だがやはりバレイア殿に指南いただいたので？」 タリス 「あ、ああ 自分にしてみれば毎日毎日生まれた時から剣を振らされてた だけなんだけどね」 サウミ 「贅沢な事申すでないですぞタリス殿。」 さて 話しもはずみ、食事を済ませた一行はサウミに礼をして そろそろ旅立とうとテーブルを立とうとしたしたが、サウミの姿が 見あたらない。 探しに出ようとしたその時に、突然サウミが家の入り口の所に現れた。 タリス 「どうしたんですか？」 サウミはじっとスティンを見つめている。 サウミ 「バレイア殿、真に不躾ではありますがお手合わせ・・いや 斬られていただきたい。」 スティン 「なんと申される。」 サウミ 「わしの名は サウミ＝アウスローザ」 スティン 「アウスローザ？！ そなたは もしや スヴェイ＝アウスローザの・・・」 スティンは驚きを隠せなかった。 サウミ 「左様、わしは２０年前バレイア殿に破れたスヴェイの父親。 息子の仇とはもはや言わぬが、アウスローザ家に伝わる ファン・フォイト流剣技の敗北は異観と存じる。」 サウミはスティンの目を見据えた。 タリス 「何故そこまで流派の銘にこだわる！」 サウミ 「ファン・フォイトは一子相伝の剣、跡継ぎの亡き今、わしはその銘 のみに生きるしかすべはない。」 タリス 「ならば 私が相手をしよう！」 タリスは剣に手を掛けた。 サウミ 「悪いがタリス殿では相手にはならぬ。」 話し終わったときにはすでにサウミの剣は鞘から抜かれ、右手は 大きく振り抜かれて 低い草を斬り裂いていた。 ・・とタリスの頬から血が滲み始めた。 タリス 「み・・見えなかった・・・」 スティン 「銘がどれだけ重いかはよく分かる。 しかしこの試合無意味ではござらんか？！」 サウミ 「貴殿には無意味かも知れぬが わしには生きる道理。 この場で意味をもたせる事もできぬ訳ではない。」 サウミは剣をタリスに向けた。 スティン 「いたしかたあるまい。 御相手申す。」 スティンは剣を抜いた。 タリス 「父さん！」 スティン 「よいか タリス！ この試合どちらが倒れても怨むでないぞ！！」 タクラム 「ちょ・ちょっと待ってよ 」 しかしタクラムの声は既に２人の耳には入っていない。 スティン 「タリス！ よく見ておけ！」 スティンは右手をグリップに逆手に掛け、左手でグリップエンドを 握りしめ右下段に構えた。 サウミは正眼上段に構える。 サウミ 「ファン・フォイトは風の剣、アイスピックグリップでは追いつけぬぞ」 スティンは片膝を落とし、目を閉じてグリップを眼前に置いた。 スティン 「まいられい！」 サウミは浮身から風を纏って切り込んできた。 剣は風鳴りを起こし、小刻みに振動しながら振り下ろされる。 スティンはその刃に合わせるように左手をテコにしてサウミの剣の 根元に切っ先をたたきつけた。 ビシッ やや鈍い音が走り、サウミの剣の根元にひびが入る。 スティンはそのまま右手を翻しサウミの胸元に剣を突き立てた。 サウミ 「グフッ！ す・・捨て身か・・・・御見事！」 サウミはそのまま崩れ落ち、生き絶えた。 しかし、その時スティンの左腕がゴトリと地面に転がり落ちた。 タリス 「父さんっ！！」 スティン 「くっ、 やはりよけきれなんだか・・・」 よく見ると切り口は左腕から脇腹をザックリとえぐっていた。 タリス 「どうしてっ？！ 奴の剣は当たってないじゃないか」 スティン 「カマイタチだ、ファン・フォイトは風を操る。 その前に剣の振動を止めるつもりだったが・・・ どうやら・・・間に合わなかった・・らしい。」 ミム 「待ってしゃべっちゃダメ！ 傷が開くわ。」 タクラム 「落ちつくんだタリス。 今 姉きがヒーリングを試すから。」 ディ アビス フォイス ロウズ ローク トレ ファ-ジ ラス ディス ラルス ローエン ミム 「大地に宿りし精霊よ 来たりて生命の源に力を与えん！」 スティンの体が紫色に輝き始め、腕の出血が徐々に止まり始めた。 しかし、腹部の傷は一向に回復しない。 あたかも泉のように心臓の鼓動に合わせて赤い血が湧き出してくる。 ファ-ジ ラス ディス ラルス ローエン ミム 「生命の源に力を与えん！ ディ アビス フォ ロード レイオス ジェ ファス ラウス 地神の元に我の意志を賜わん！ ファ-ジ ラス ディス ラルス ローエン！ ファ-ジ ラス ディス ラルス ローエン！」 ミムは必死に呪文を唱えるが効果がない。 スティン 「ありがとう ミム・・・もう十分だ。 致命傷と言うのは痛まないものだ・・・ タリス、やらねばならぬ事は分かっているな。」 スティンはタリスの手を握りしめた。 タリス 「いやだっ 父さん！ 死んじゃいやだ！ ねぇ ミム 治してよ！ 父さんを治して！」 しかし ミムは疲れ果てた表情で首を横に振った。 スティン 「残念だがお前には悲しむ暇を与えてあげられない。 タリス、行くのだ。 ミム、タクラム・・・・タリスの事は聞いているな・・・ 宜しく・・・頼む。 それから・・・・サウミは手厚く葬ってやってくれ」 タリス 「いやだよ そんなの。 目を開けてよ 父さん！ スティン！！」 スティン 「リ・・ア」 スティンは最期に妻の名を呼び握りしめた腕から力が抜けた。
