第一章 『タリス』 ３
その夜は懐かしい顔を見合わせて、何杯もの酒を酌み交わし笑った 夜半 さすがに初めての旅に慣れないタリスは酔いにも任せて泥のよ うにいびきも立てずに寝入ってしまった。 ヨマ 「はて そなたもその歳になると言うのにのぉ」 スティン 「しかしあの様な非道な教団、もはやほってはおけまい」 ヨマ 「義勇か？らしくもないのぉ・・・それだけではあるまい」 スティン 「・・・・・・」 スティンはただ黙っていた。 ヨマ 「サライ・・奴は危険じゃ。 お前の妻を殺された憎しみだけで行動してはならぬ。 そのことにタリスまで巻き込んで仕舞うなどもっての他じゃ。」 スティン 「サライの事などどうでもよい！ 今更憎んだとてリアは帰っては来ない」 ヨマ 「では何故・・・？」 スティン 「シェルミラード」 ヨマ 「ん？ 教祖シェルミラードか？」 スティン 「そう 奴はかつて私の友であった・・・・ 何があの敬賢な聖職者を狂わせたのか、 彼をあの時の彼に戻すすべは無いものか・・・」 ヨマ 「なるほどのぉ・・・確かにシェルミラードは元はと言えばとても 善い男であった。それが・・・ して、すべが無いとすればなんとする。」 スティン 「私がこの手にて・・・」 ヨマはしばし考え込んだ。 ヨマ 「よかろう。 手を貸そう」 スティン 「ヨマ！」 スティンは満身の感謝を込めてヨマを見つめた。 ヨマ 「しかしのぉ わしも寄る年並には勝てんて、旅をするにもままならぬ。 わしの代わりにタクラムとミムを連れて行くが良かろう。 まだ若いが頼りにはなるじゃろう。」 スティン 「かたじけない。」 やがて二人の話し声も笑いもすべて、夜の闇の中に溶け落ち、辺りは 静寂に包まれてゆく。 さて ２，３日ヨマの所で過ごしたスティンとタリスは、ヨマより 事の次第を聞かされたタクラムとミムを連れ旅立つ事となる。 ヨマ 「はて、旅立つにしても手ぶらでは心許なかろう、ひとつみやげ話でも してしんぜよう。」 スティン 「うむ」 ヨマ 「聞き及んだ話しじゃが、サリムの第一王子マリク様が追手を振り払い オブラダに身を隠されたと聞く。 オブラダはフロラシアの南東に位置する大きな島じゃが、そのポマニ という港町で見かけたという。一度彼に会ってみるとよかろう。」 スティン 「おお マリク殿は生きておられるか、良い話しを聞いた。 早速足を運んでみよう」 そしてヨマはタリスの方を向き ヨマ 「タリス殿、その剣を見せていただけぬか？」 タリス 「ＯＫ いいよ」 タリスはヨマに剣を差し出した。 ヨマは受け取った剣を鞘から抜き、ヒルトとブレードを見ている。 はたとヨマの目付きが代わった。 ヨマ 「これはいかん。」 そういうとあわてて 鞘を振ったが何も出てこない。 ヨマ 「スティン殿 ここ（剣のヒルトの小さな窓上のくぼみ）に付いていた オブシダンを知らぬか？」 スティン 「はて・・・（しばし考えて） そうだ！ はずれていたのでタリスに アミュレットにして付けさせて置いたのだが」 タリス 「これの事かい？」 タリスは ヨマにアミュレットを外して渡した。 ヨマ 「おお これじゃこれじゃ。 これはあるべき所に戻さねばな」 ヨマはオブシダンを外し、ヒルトのくぼみに載せてなにやらぶつぶつと 呪文を唱え始めた。 大層に聞こえるがどうやら単なる接着の呪文らしい。 ヨマ 「よしよし 待っておれ お前を眠りから覚ませてやろう」 ヨマは地面にペンタグラムを描き、その中心に剣を突き刺した。 そして両手を大きく掲げ呪文を唱えた。 ディレス ライオネル アクレ ラス フレイス ディラ ブロウ ディ アスモア スウェイ ラローザ 「眠れる獅子は 輪廻の干渉に放たれり 猛き牙よいざ甦らん」 大層な呪文だが何も起こらない。 ヨマは全ての気を使い尽くしたかのように大地に崩れ落ちた。 スティン 「大丈夫か？！ ヨマっ」 スティンは力を果たしぐったりとしたヨマを抱き起こした。 ヨマは満身の力を込めて叫ぶ！ ヨマ 「タリス 剣を取れ！」 タリスは少しおびえている。 ヨマ 「何をしておる 御主の剣じゃ」 横からタクラムがヘラヘラしながら近づいてきた。 タクラム 「何を恐がってんだい？ おいらが取ってきてやるよ」 ヨマ 「よさぬか タクラム！」 しかし タクラムは聞かずにペンタグラムに足を踏み入れた バリバリバリバリバリ・・・・ その瞬間タクラムは電撃でも受けたようなショックではじき 飛ばされた。 タクラム 「いててててて・・・」 ヨマ 「うつけものが！ お前じゃからその程度で済んだから良いものを その魔法陣は剣の主しか通さぬ。 タリス！ 御主のことじゃ」 タリスは拳を握りしめて、ぎこちなく魔法陣に入った。 一歩、もう一歩、魔法陣はタリスを拒絶していないようだ。 剣の前まで進み、そして立ち止まった。 タリスは振り返りヨマの目を見る。 ヨマは大きくうなづいた。 タリスは一度大きく息を吸い込み、そして左手で剣を握りしめた。 ・・・・何も起こらない。 ヨマ 「剣を大地から抜き 眠りから覚ますのじゃ タリス！」 タリスはもう一度大きく呼吸をし力を込める。 後ろから見ていてもその筋肉の動きで込めた力が読み取れる。 タリス 「うぉりゃあぁぁぁぁー」 タリスは満身の力で剣を抜き空に振りかざした。 ・・・とその時魔法陣が光を帯び始めた。 その光はタリスと剣を飲み込み、天にも届くほどの勢いで輝いている。 眩ゆい光はやがてその猛りを鎮め、中からタリスが剣を携えて でてきた。 スティン 「大丈夫かタリス！」 スティンは驚きに目を見開いたままタリスを見ていた。 タリス 「何か・・・、何かが頭の中ではじけたような気がする。」 タリスは一際大きな（直径8Berm程もある）ネルミ杉に向かい合った。 そして中段一文字に剣を構え、クルリと体を一回転し勢いを付けて ネルミ杉に斬りかかった。 タリス 「ムンッ！！ 」 シャイィィーーーーーーーーーン 一瞬 光の線が幹に走ったように見えた。 静寂の中で刃の振動が響く。 ・・・と 高さ８０Bermはあるその杉の木は自らの重さに耐え かねた様に滑り落ちながら倒れた。 ヨマ 「うむ 御主を主と認めたようじゃの」 タリス 「スティン、この剣はいったい何処で・・・」 スティン 「そいつはな・・・」 ヨマ 「わしが作った物じゃよ」 ヨマはスティンに代わって話した。 「その剣は御主が生まれた時に御主のためにわしが鍛えたのじゃ じゃからその剣は御主にしか使えぬ。 じゃが 御主がその剣を使いこなすまでにはまだまだ時間が掛かる じゃろう。精進することじゃ。」 タリス 「あ りがとう・・ ヨマ」 ヨマ 「さて わしの役目も終わったようじゃ。 余生をまたこの穴蔵で過ごすとしよう。 達者でな、命は大事にする事じゃ・・・ 大事に使えば一生使えるからのぉ ほっほっほ」 ヨマはそう言い残すと振り返りもせず風穴の闇に消えて行った。
