「旅はその物語の終演を探すために始まった。」タリスは語り始めた。
　　まだ古傷が痛む左足を少し重たげに引きずるように　切り株に腰をゆっ
　くりとおろしながら続けた。「勇気ある者はその命を燃やし尽くし　静か
　なる者はその魂を地に鎮め　そして愚かなる者がその語り部として時に選
　ばれたのだ。」

　　斜陽に赤く映し出されたタリスの顔には既に無数のしわが刻まれ、その
　所々にいまだ消え失せぬいくつかの傷が見受けられる。かつて　グラム王
　国一と言われた剣士である彼の眼差しは今だその光をも曇らせる事無く、
　否　さらにも輝きを増してそこに稟として存在していた。
　　ただ　その剣士の銘と力と技にすべてを託したかれの生き方が自信を
　愚かなる者と言わしめているのであろう。

　　「おじいさまはどんな物語を探してたの？」小さなネリが興味深そうな
　眼差しでタリスに聞いた。「ねぇ　海がふたつに割れるお話し？　それと
　も　小さないたずら鬼のお話し？」
　「そうさのぉ」タリスはくるくると動くネリの瞳を見ながら話し始めた。
　「海が割れる事は無かったが、たくさんの海を渡ってきた。」ネリは切り
　株の隣に座りつぶらな瞳をより一層クルクルとさせてタリスを見上げなが
　ら聞いていた。
　　タリスはその小さなネリの瞳をいとおしそうに見つめながら呟いた。
　「海の向こうにしか無かったのだよ・・・」タリスは大きく息を吐いた。
　「何が？」ネリは無邪気な笑みを浮かべながら不思議そうに聞いた。
　「いろんなものさ・・・」
　「あこがれ、絶望、誘惑、今となってはどれも他愛もないものだ。
　そして多くの戦いがあり、いくつかの愛があった。」
　「ふぅん　なんだか難しいのね」小さなネリにはちょっと理解できない
　物語のようだ。
　「じゃあ　どうしておじいさまは旅に出たの？」ネリはそれでもタリスの
　武勇伝を聞きたいようだ。

　・・とその時　そばにいた男がタリスに話しかけた。
　「陛下、そろそろ夜風がお体にさわります故　城に戻られてはどうかと」
　「ふむ。ではそうするか」　タリスはネリの頭を撫でながら、「もう陽も
　落ちた、この続きは暖炉のそばでする事にしよう」
　「うん　、絶対だよ　約束っ！」　ネリは城に向かって走りだした。
　「陛下、」　側近の男ブラフはタリスにマントを掛けながら話した。
　「陛下の御活躍で世は安泰いたしました。後の世事は我らに仰せ使いませ」
　「うむ、愚かな者が政を取るよりもそなた等に任す方が理法じゃのう」
　「いかが申されますか・・」ブラフが話し始めたところをタリスは背を向け
　大きく右手を上げて制し、続けた。
　「戦いは何も生み出しはしなかった。　力はそれ自信に奢る者を飲み込み
　　全てを無に帰してしもうた。
　　勇しき導師マリクも、今はすでにおらぬ。
　　優しきフェリルは力を制するために身を投じた。
　　そして、我が友ドレイクは、アデリア海に『太陽の滴』と呼ばれる真珠を
　　求め渦に呑まれてしまった。」
　　タリスは地平の彼方を見つめるように言った。
　「アデリア海と言えば無数の渦に囲まれた死海とも呼ばれる場所、何故に
　　ドレイク様はそのような危険な場所に・・・」ブラフは尋ねた。
　「当時わしは、ドレイクはフェリルの後を追ったのだと思っておった。
　　奴はフェリルを心底愛しておったからの。」
　「では　今はどのようにお考えで？」
　「あれは　運の悪い事故だと思っておる。なにせあの腕利きの海賊野郎が
　　しくじったのだからな。」
　「何故そのように？」
　「奴はフェリルを心底愛しておったからじゃ。」
　　ブラフは少し案したように微笑んだ。
　　タリスは城門から街を振り返り灯り始めた明かりを見つめて言った。
　「全てを失ったつもりでおったが、最後に残ったのものもある。」
　「は？」
　「希望じゃよ、ぬし等の様な新しい世代のな。　はっはっは」
　「さて　武勇伝でも聞かせにまいるか　ネリが待っておる」